ショートショートの披露場

短い小説を書いています

政治家の権力による国民のための政治

円卓を囲む世界の長たちは頭をが抱えていた。
「世界の人口が100億を超えてもう何年になるんだ」
有識者の中には200億を超えるのにそう時間はかからないという者もいるぞ」
「どうやって手を打つんだ」
「我々の国は承知の通り、宇宙開発に力を入れている。他の星へ移住する計画も目下進行中だ」
テラフォーミングか」
「確かサマード銀河まで到達したと聞いたが」
「ああ。だが、既に2つの惑星において失敗に終わっている」
「元々何もない環境を人間が住めるように開発するのは容易ではありませんよね」
「中でも、水のない星で水を生成するのは至難の業だ」
「開発にかかる資金も湯水のように注ぎ込めるはずもないしな」
「私の国でもテラフォーミングプロジェクトは進めていますが、未だに成功には至っておりません」
「私の国では深海調査でも十分な成果は得られていません」
増え続ける人口になす術もなく、この時ばかりは全員が俯いていた。その時、一人の長が顔を上げた。
「人口抑制計画、というのはどうだろうか」
「子供を産む数を制限するわけか」
「だがしかし、それには問題も……」
「その通り。取り組んだ国はいくつかあるが、いずれも失敗に終わっている」
「いや、従来の計画とは異なる内容だ」
他の国の長たちは発案者の意見に注目した。
「ど、どんな計画なのですか?」
「我々全人類は生きる権利を保障されている。ならば、死ぬ義務、もあっていいのでは?」
「死ぬ義務だと……」
「正気ですか!許されませんよ!」
「一体誰に負わせようというのかね」
「我々全人類だ」
この一言に誰もが慌てふためいた。
「この場にいる我々も、ということか!?」
「認めんぞ!」
「そう結論を焦ってはいけない。もちろん条件をつける。死ぬ義務が与えられるのは犯罪者に限った話だ」
「犯罪者……」
「それは妙案だな」
「犯罪の抑止力にもなり得ますね」
最後までこの提案に反対する国もあったが、賛成する国が多数を占めた。結果、世界中の国々で死ぬ義務に関する法整備が行われ、国により細かな違いはあるにせよ、続々と人口抑制政策の一貫として犯罪者を処罰する法律が施行された。
世界中の指導者たちによって取り決められたルールに則り、各国の警察機構は直ちに犯罪者たちの始末に務めた。人を殺した者は当然処罰の対象だが、詐欺やセクシャルハラスメントも始末の対象だった。
警察による犯罪者の始末は場所を選ばなかった。刑務所の中だけでなく、街中でも行われた。
「すみません、お母さん、ちょっとよろしいですか?」
「は、はい。何ですか?」
「鞄の中を確認させてもらっていいですか?会計を済ませていない商品があると思うのですが」
「私が万引きしたとでもいうんですか!」
「したかしていないかを確かめたいので、見せていただけますか?すぐ済みますので」
女性は諦めたように手に持っていた野菜やパック詰めの肉の入ったビニール袋を地面に置き、肩にかけたトートバッグを警察官に渡した。
「これらのお菓子とお酒類はレジを通していませんよね?先ほど店内で見ていました」
「たがが2000円程度で何よ!これくらいいいじゃない!」
「あなたを万引きの現行犯で処刑します」
「万引きくらいで殺されてたまるもんですか!」
女性は警察官の持っていたトートバッグだけを奪って逃走した。
「『たかが』とか『くらいで』とかいうなら、きちんと支払ってくださいよ」
警察官は気だるそうに悪態をつきながら、制服の内ポケットに手を伸ばした。
「万引きを軽く見すぎです。地獄で反省してください」
警察官は内ポケットから取り出した銃を女性に向けた。そして躊躇いもなく、事務的に引き金を引いた。
世界は、人口抑制政策のおかげで人口の増加に歯止めをかけることに成功した。初めは恐怖政治とも言われたこの計画は犯罪の抑止にも繋がり、より平和に近づく結果を生んだ。
そんな世界のとある国は、国民の高齢化に苦しんでいた。細胞の研究や医療技術の向上により、その国の人々は他の国よりも抜きん出て平均寿命が高かった。高齢者のための医療費や社会保障費は凄まじい額だった。
追い込まれた政府は、人口抑制政策を利用することを決断し、手始めに定年と年金制度を廃止した。働かざる者食うべからずの精神で、満20歳を超えた者全員に労働の義務負わせた。学府に通う者、又は目指す者は特例として免責されたが、他の例外は認められなかった。そして、未就労者は犯罪者として扱われ、始末の対象とされた。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか」
「はーい。今行きまーす」
とある夫婦の家に一人の男が訪ねてきた。
「どちら様ですか?」
「警察の者です。スズキユウゾウさんはご在宅ですか?」
「主人なら今買い物に……あら、あなた」
「今帰ったぞ。ん?キミコ、こちらの方は?」
「警察の方だそうです。あなたに用があるとかで」
「わしに?一体何の用で」
「実はお二人に用があって来ました」
スズキ夫婦は驚いた。後ろめたいことなどした覚えはなかったが、警察が来る心当たりはあった。
「政府の方針と何か関係があるんじゃないだろうな」
「お察しの通りです。話が早くて助かります」
「冗談じゃないぞ!殺される筋合いなんかない」
「そうですよ!今まで散々身を粉にして働いてきて、ようやく悠々自適な暮らしができると思ったのに。あんまりです」
「そうだ!今この国が豊かなのは誰のおかげだと思っているんだ」
警察官はスズキ夫婦の厳しい剣幕にも臆せず、平然と対応を続けた。
「かつてこの国を豊かな国へ導いてくれたあなた方が、今、この国の成長を減速させているんですよ」
「な、何だとっ!?この若造が好き勝手に抜かしおって!」
スズキユウゾウは警察官に殴りかかろうとした。警察官は軽い身のこなしですかさず間合いを取り、懐から銃を取り出してスズキユウゾウに一発。間髪を容れずにキミコにも一発だけ発砲した。銃声を合図に、辺りに穏やかで静かな時間が戻ってきた。
人口抑制政策が開始されてから数十年が経過した。最初のうちは人口増加を抑え、さらに犯罪の抑制にも繋がると、国の長たちは絶賛した。人々は、罪を犯すと生きていられなくなると、犯罪に対して神経質になった。すると、犯罪を起こそうとする者が極端に減った。完全になくなることはなかったが、とにかく地球中のどこの国へ行っても「平和」と呼べるほどの安全が至る所にあった。
人々は安心し、心は豊かになった。子供は勉強にも、大人は仕事にも熱心に取り組んだことで、世の中はあらゆる分野でさらなる成長を遂げた。人類は再び増加した。
「どうするのだ」
「まさか、同じ過ちを二度も」
「こんなことになるとは予想もし得ない」
「今は嘆いても仕方ありません」
「そうです。早急に対処を」
「また人工的に人を減らすしかあるまい」
「切り捨てる人間をどう選別するおつもりですか」
「そうだ。今や犯罪者などごく僅かだぞ」
「では……」
ある国の長がもったいつけるように一呼吸置いてから言った。
「能力の低い者を始末する、というのはどうかね」





この物語はフィクションです。