ショートショートの披露場

短い小説を書いています

夢のような装置

今日の空は一面綺麗な青が広がる晴天だったが、中村一幸の顔は曇っていた。
「どうしようかなぁ……」
数時間前、中村は関京大学内の研究棟B棟の第8研究室にいた。1限からゼミの集まりがあり、重たい瞼をこじ開けるのに必死だった。他の学生たちもまだ眠そうにしていた。間もなく、草野ゼミの草野照彦教授が到着し、早速本題に入った。
「みんなには、今日から2週間以内に卒業研究の研究計画書を提出してもらいたい」
一瞬にして、学生たちの目が覚めた。
「うちのゼミに入ったからには卒業研究で何かしらの機器を製造し、卒業までに完成させて欲しい。とは言っても、あまり気負うことはないよ。世紀の大発明をしろと言ってるわけじゃないから」
草野がフォローを入れてみても、学生たちは困り顔のままだった。
「先生、少人数でグループを組んで共同製作するのはアリですか?」
「共同製作か。まあ、それでもいいかな」
「やったー!」
学生たちは安堵の声を上げ、仲のいい者どおしでグループを組み始めた。中村も4人組グループを作り、とりあえず一人で進めるよりは負担が減ったことでホッとした。
1限の残りの時間を使って、各グループで何を製作するのか議論が行われた。しかし、卒業研究のテーマの決定は今後を左右する重要な一歩目であり、身長にならざるを得なかった。したがって、どのグループも1時間足らずで結論を出すことは叶わなかった。
「仕方ない。2週間もあるし、まずは今日、明日を使ってできるだけアイデアを出しまくろう」
中村のグループは、メンバー全員が明日の2限に空きがあり、その時間にまた集まることになった。
その日、中村は1日を通して卒業研究のテーマに悩まされた。図書館に行き様々な本を読んでみたが、これといったアイデアも思いつかなかった。気分転換も兼ねて、わざわざ遠回りして帰宅してみても何もインスピレーションは湧かなかった。結局頭を抱えながら床についた。
中村は夢を見ていた。いかにも、深夜のテレビで放送されそうな、子供に悪影響を与えるような内容だった。まだ続きを見ていたかったが、暑さのせいか寝苦しくて起きてしまった。
「ふふふ、また一歩大人の階段を上がった気がする。でも、何でゆっきーなんか出てきたんだろ。好きでもないのに」
ゆっきーとは最近人気が出てきたアイドルグループ、PINK GRAPES、通称ピグのメンバーの池田優希のあだ名だ。特にアイドルに興味はなかったが、この夢を見たことが中村の将来を変えるきっかけとなった。
「ゆっきーが出てきたことはさておき。今の夢、もう一回見たいな。あーくそ、録画できてればなぁ」
中村は自分の発言にハッとした。夢の録画。過去にない発想だった。
「そうだ。卒研はこれを造ろう。夢の録画装置を造って、みんなを驚かせてやろう。もし実現すれば、世界に二つとない素晴らしい映像が……ふふふ」
何かが、中村の心に火を点けた。
翌日の早朝から、中村は忙しかった。まずは、先日組んだ卒研製作メンバーに謝罪の電話を入れた。
「ごめん。俺やっぱ一人でやることにした。自分一人で造りたいモノができたんだ。本当にごめん」
他のメンバー3人は、まだテーマすら決定していないこともあり、中村のメンバー脱退を承諾してくれた。
それから中村は録画装置を造るための資料収集に努めた。電磁気学、電子工学、システム工学、情報科学に関するデータを集め、大まかな製造マニュアルを作成した。次に、装置に必要な資材をかき集めた。電気街を歩き回り、より安くて質の良い部品を探した。
苦労した甲斐もあり、当初の作業工程よりも早く造り上げることに成功した。中村はその試作品をTARD-SYT0001と命名した。この録画装置はごくシンプルな造りになっている。市販のHDDレコーダーと似た形状の黒い箱型の録画媒体。その箱の後面から伸びる4色のコード。そのコードと繋がるヘッドセット。これを被った状態で見た夢を映像として変換し、本体の録画媒体に記録される仕組みだ。ただし、この装置はヘッドセットを装着した者が眠りに入ると自動で起動する。起動と同時に録画も始まる。人が目覚めるとそこで装置はシャットダウンする。夢を見ていない場合は何も映らず、映像をテレビなどに繋げて観ると画面は真っ暗なままである。
中村は正常に作動するかどうか、自分で実験した。
「イイ夢見られますように」
望むような夢を見られるように、中村は本棚にある漫画雑誌の間から世界遺産を扱うが如く一冊の雑誌を持ち出した。それを枕の下に置き、夢の録画の準備を整えて就寝した。
しかし、中村の願いは届かず、録画は失敗していた。
「あーくそっ!せっかくイイ夢だったのに」
映像を確認してみると、画面にはノイズが多く、音声がほとんど入っていなかった。
「まあでも、一回で成功するわけないよな」
中村は覚悟していたように装置の復旧作業に取りかかった。分解して、部品が正しく接続されているかチェック、再度組み立てて作動するかを確かめる。
「……ダメだ、寝れない。明日にするか」
その後も、実験しては失敗し、装置をバラしては造り直す。そして実験する。中村は根気強く繰り返した。一時期、造り方から間違っているのかと疑心暗鬼になり、電子回路を組み換えたり、様々なパーツを足しては引いてを繰り返していた。試行錯誤する過程で、自分の作ったマニュアルに問題点を見つけた中村は、すぐに修正したことでぐっと成功に近づいた。
「よしできた。えっとこれは83回目だから、TARD-SYT0083か。今度こそ録れてくれよな」
ちょうど日の出頃、中村は数々の失敗を経てTARD-SYT0083を造り上げた。あとは、録画がきちんとできていれば完成となる。夜通しの作業でよほど疲れていたのだろう。中村はヘッドセットを装着して10秒とかからず眠りについた。
中村が目覚めたのは昼過ぎだった。
「ふあぁ、良く寝た。……悪くない夢だったな。続きも気になるけど、ひとまず録画できてるかチェックしとくか」
装置をテレビに繋いで映像を確認してみると、大部分は深い眠りのためか真っ暗だった。しかし、録画されている映像の残り2、30分には中村が夢で見たものと同じ光景が記録されていた。鮮明で音声もバッチリだ。実験は成功。夢の録画装置は完成したといっていいだろう。
中村は草野や同じゼミの学生たちに見せることにした。この日の5限に集まりがあり、そこで製作発表をする予定だ。
中村は大学へ向かう前、録画した映像を編集し、動画投稿サイトに投稿した。動画のタイトルは「俺の夢」、投稿者の一言欄には「夢にまで見た夢が叶った」とだけ書いて投稿し、中村は30分だけ、再生回数やコメント欄をチェックしていた。
中村の見た夢は、アイドルグループ、PINK GRAPESの池田優希と二人っきりでユニバーシティランドでデートするという内容だった。
「またか」
中村は、デートの相手が池田という点だけが唯一の不満だった。
夢は中村と池田がジェットコースターに乗り、悲鳴を上げているところから始まった。
「ねえ、次はあれに乗ろうよ」
「今度はあそこに行きたいな」
夢の中の中村も特に池田を好いているわけではなく、池田の我がままに仕方なく付き合っているようだった。それでも相手がアイドルだからか、中村も満更でもない様子で、何だかんだデートを楽しんでいた。
日中、二人はユニバーシティランドを存分に堪能した。ジェットコースターでは絶叫し、お化け屋敷は駆け抜け、ポップコーンを頬張った。日が暮れる頃には、二人ともくたくただった。
ランドデートを満喫した二人は、隣にあるユニバーシティホテルに泊まった。部屋の窓からは、隣のランドで催されているパレードを見ることができた。電飾が色彩豊かに光を放ち、華やかな衣装に身を包んだダンサーたちを先頭に、来場者たちも楽しそうに踊っていた。
「楽しかったね」
「そうだね」
「夜景、綺麗だね」
「でも君の方が」
「やだ。もう何言ってんの」
「冗談だよ」
「ちょっと!それはヒドくない?カズ君」
二人っきりの部屋で楽しげに会話をしているところで、夢は終わっていた。
中村は大学の研究室に着くまで、始終ワクワクしていた。期待と笑顔が絶えなかった。
「みんな驚くだろうなぁ」
中村は元気良く研究室のドアを開けて入ると、草野以外のゼミのメンバー全員が揃っていた。嬉々として説明を始めた中村は、録画できていた先程の映像を全員に見せた。
「どう?俺、頑張ったっしょ?」
中村を賞賛する声が上がった。
「すげえ」
「これを一人で……」
「カズ君、かっこいい」
「カズ君って呼ぶな」
中村は有頂天だった。努力が報われたと思った。
「なあ、この動画、ネットにアップした?」
「え?ああ、したよ。今日の昼過ぎに」
「それ、このサイト?」
中村は手渡されたスマートフォンを見て、そうだと答えた。
「この動画上げたのお前か。これ、炎上してるぞ」
コメント欄を見てみると、大学へ向かう前に見た時にはなかったコメントが大量に書き込まれていた。
「なんだこの動画」「これ、ピグのゆっきーでしょ」「明らかにデートしてるよね」「いや、何かの企画だろ。変装してないし」「ゆっきーカワイイ」「アイドルのデート動画流出か」「プライベートなはずがない。俺は信じてる」「でゅるわぁあああひゃひゃひゃあああああ」「ピグって恋愛禁止じゃなかった?」「ゆっきーにいくら使ったと思ってんだあああ」「どうせ深夜番組で使われるVTRだろ」「ってか相手は?カズ君って誰?」「これはファンに対する裏切り行為だ」「はいはい。炎上商法炎上商法」「特定はよ」「生きるの辛い」「アイドルは大変だねぇ」「ゆっきーカワイイ」「ユニバーシティランドでデートか。変装なしとか勇気あるな」「カズ君、出てこいや!」「生ゴミでいいから生まれ変わりたい」「会話の感じからして、そんなに歳離れてない?」「まさに夢の国だな(タイトルにかけたつもり)」
「マジかよ……」
「ヤバくね?これ」
「とりあえず動画削除しとけよ」
「あ、ああ……」
中村は不安に潰されそうになった。さっきまでの元気はなくなり、一回り小さくなったようにすら見えた。そこに、草野とスーツの男が現れた。一同は二人に挨拶した。学生の一人が質問した。
「先生、その方は……」
「警察です。ナカムラカズユキさんはいますか?」
中村は一瞬驚き、おそるおそる手を挙げた。
「僕が中村ですが」
「動画の件でお話があります。警察署まで来てもらえますか?」
中村は逮捕されることを覚悟した。そして、どうか夢であってくれと願いを込めて頬をつねった。
「痛っ」
中村の目の前に広がっているのは、紛れもない現実だった。





この物語はフィクションです。