ショートショートの披露場

短い小説を書いています

オレオレ詐欺

お昼を食べ終えて皿を洗っていると、電話が鳴った。もしもし、と応えると、
「あ、もしもし。元気?オレだよオレ」
と返ってきた。いまだにあるんだねえ。オレだオレだと息子を名乗る詐欺電話。とうとううちにも来たか。そうだ、録音録音。
「元気だよ。久しぶりだねえ。珍しいね、電話なんて」
「実はさ、突然なんだけど、相談があるんだ」
「なんだい」
「来月、父さんの誕生日でしょ?匠と金出し合って、前から父さんが欲しがってた車をプレゼントしようかと思って。でも、ちょっと足りないというか、心許ないから頭金だけ出してもらえないかなって。ダメかな」
いろんな口実を考えるねえ。車なら別にローン組むのでもいいんじゃないかい?
「ローンを組んで買うのはできないのかい?」
「それじゃカッコ悪いよ。プレゼントなんだから一括でドーンと払わないと」
見栄っ張りだねえ。あの人に似ちゃったか。俺は年寄りじゃない。まだまだ運転できると頑なだったあの人を説得するのは本当大変だったよ。
「そういうもんかい。いくらくらい必要なんだい」
「頭金はたぶん100万くらいかな」
「それくらいなら出せそうだね。取りに来るのかい?」
「本当?よかった。ありがとう。週末なら休みだから、次の土曜日に行くよ」
「そうかい。待ってるよ」
息子を名乗る男からの電話を切った後、すぐに警察へ連絡した。向こうから来てくれるなら、警察の方々も捜査しやすいでしょう。
『本当?よかった。ありがとう。週末なら休みだから、次の土曜日に行くよ』
『そうかい。待ってるよ』
録音された会話を聞き終えると、私の通報で駆けつけた刑事が尋ねた。
「この男は息子さんではないんですね?」
「ええ。それに主人が免許を返納したことは息子にも伝えています」
「こちらに探らせまいと用件だけ話してそそくさと電話を切っている。お粗末な点が多いですが、これも立派な特殊詐欺事件です。容疑者の逮捕にご協力願えますか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
今日は火曜日。用意する100万円は数日に分けて下ろした。当日は家の周辺と中にも数人の警官が待機してくれるらしい。そして、理由をつけて男をリビングまで通して、私と話してるタイミングで警察が男を捕まえるという計画になった。
そこまでやってもらえれば大丈夫そうだし、安心できるね。上手く、男を家に上げられるか、ちょっとドキドキするね。

土曜日の午前10時頃。外で待機中の私服警官から刑事に連絡が入った。
「男が一人、そちらに向かって歩いています。容疑者かもしれません」
刑事は私に声をかけた。
「なんだか緊張してきました」
「安心してください。我々がついています」
頼もしいその言葉に少しだけ緊張が解れたその時、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「我々は台所に隠れていますので」
私は頷き返して、玄関に向かった。
「はーい、どちら様?」と扉を開けて驚いた。
「ばあちゃん。久しぶり」
「良太!どうしたの突然。何かあったの?」
「突然?何言ってんの。火曜日に今日行くよって電話したじゃん」
「火曜日に電話って……。あれ、良太だったのかい!?」
私がなかなか上がってこないので、刑事が様子を見に来た。
「あの……どうされたんですか」
「ばあちゃん、この人は?」
「刑事さんよ。こないだの電話はてっきり詐欺だと思って、警察に通報したのよ」
「あーそれでオレが金を取りに来るって言ったから、待ち伏せして捕まえようってことだったのか」
「……では、こちらはお孫さん、ですか」
「はい。息子の長男の良太です」
「では、あの会話で言っていた『匠』というのは」
「オレの弟です」
「電話を早めに切り上げようとしていたのは」
「オレ、電話苦手なんですよ。普段から電話なんてしませんし」
「やだわあ、私ったら。可愛い孫の声も忘れるなんて」



この物語はフィクションです。