ショートショートの披露場

短い小説を書いています

現代版 浦島太郎

「今日の練習はここまで。グラウンドの整備をしてから帰るように。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

  コーチの挨拶の後、少年たちは散らばっているボールを片づけたりトンボで地面を均したりして、素早く整備を終わらせた。

「お疲れ」

  帰宅の準備を終えた者から、順々に帰っていった。

「大輔、一緒に帰ろうぜ」

「うん、いいよ」

  大輔とその友人の勝は家が同じ方角ということもあり、途中まで一緒に帰宅することが多い。

「じゃあ、また明日」

「またね」

  大輔と勝はいつもと同じ道で帰り、いつもと同じT字路で分かれた。ただ、この日いつもと違っていたのは大輔が帰り道で一匹の亀を見つけたこと。

「ん?なんだあれ?」

  大輔は道の真ん中にある黒い物体に気がついた。恐る恐るその物体に近づいてみると、それは亀であることが解った。

「こんな所にいたら、車にひかれちゃうよ」

  大輔は亀を両手で拾い上げ、道路脇の側溝まで移動してあげた。

  するとそこに、一台の車が通りかかった。その車は大輔の目の前で停車すると、後部座席の窓が開き、一人の少女が亀に笑顔を向ける大輔に話しかけた。

「あなた、そんな所でなにをしているの?具合でも悪いの?」

「ううん、元気だよ。亀が道の真ん中にいたから危ないと思って、安全な所に移動してあげたんだ」

「亀?もしかしてその亀、甲羅に丸く傷が2つついていない?」

「丸い傷?あ、あった!オリンピックの輪っかみたいに丸が2つあるよ。でも、どうして分かったの?」

「私のペットなの、その亀。名前はペコちゃん。可愛いでしょ?それより、拾ってくれてありがとう。何かお礼をしなくちゃね」

「いいよ、お礼なんて。ペコちゃんが無事でよかった。じゃあね」

「待って!それじゃ私の気が済まないわ。……そうだ!これからパーティーがあるから、あなたを招待しましょう。ご馳走もあるわよ」

  結局、大輔は観たいアニメがあったにも関わらず、「ご馳走」という言葉に惹かれて少女の申し出を快諾した。

「もう食べられないよお」

  大輔はまさに夢を見ているようだった。自分の大好物のハンバーグやスパゲティはもちろん、今までに見たことのない美味しそうなフルーツやデザートまで、普段の生活では味わえないような料理の数々を堪能した。

  宴もたけなわ。パーティーを、というよりも料理を楽しんだ大輔は、両親が心配するといけないので、そろそろ帰ることに。

「誘ってくれてありがとう。料理、とっても美味しかったよ」

「こちらこそ、ペコちゃんを助けてくれてありがとう。シェフにも伝えておくわ」

  もうすぐ日没。暗くなる前に早く帰らなきゃ。そう思い、急いで帰ろうとする大輔に少女はある物を渡す。

「またペコちゃんがいなくなった時に助けてもらうかもしれないし、もしそうならなくても、今日あったことを覚えててほしいから」

  そう言われ、大輔が受け取ったのは、重箱の一段のような黒い箱。蓋が開かないように紫色の紐で縛ってある。振っても音はしない。そして、少し重い。

「本当に困った時にだけ開けるのよ。いいわね?」

  そう言い残して、パーティー会場へ戻っていった。

「ただいま」

  大輔は箱を持って帰宅した。両親は当然箱な気になり、それは何だと質問をぶつけた。大輔は今日あったことを全て、少女に言われた最後の一言まで、包み隠さずに話した。

  それを聞いた父親は、

「中身を確認するだけなら、問題ないよな?」

  と言って大輔に箱を開けさせようとするが、母親が、

「その子との約束を破るの?」

  と箱を開けようとする大輔を制止した。大輔は迷った挙げ句、見るだけならと軽い気持ちで箱を開けてしまった。

  中に入っていたのは、ぎっしりと詰められた一万円札の束だった。三人共驚き、体を固まらせた。最初に動いたのは母親だった。目をギラギラさせ、人が変わったように金を数えていく。

「ひー、ふー、みー、……ふふっ、これであたしも大金持ち!セレブの仲間入りよ!」

  自分の母親の豹変ぶりに打ちひしがれている大輔に、父親が追い討ちをかけた。

「おい大輔。その女の子んトコ行って、もっとこの箱もらってこい」

「い……嫌だよ」

  金に取り憑かれ、すっかり別人のようになった父親が怖くて、大輔は泣き出してしまった。

「泣いてんじゃねえよ!どんな手使っても取ってこい!」

  父親は灰皿を手に取り、大きく振り上げた。

 

 

 

 

 

この物語はフィクションです。