ショートショートの披露場

短い小説を書いています

ホクロ

朝起きたら右腕にホクロができていた。大きさはだいたい1~2ミリくらいで色も薄いから、その時は気にならなかった。
数日後、今度は左の肩にホクロができた。大きさも色の濃さも右腕と大差なかった。どうせ日中は仕事でスーツを着るのだし、ジャケットを脱いで肌着とかカッターシャツだけになっても見えないのでどうでもよかった。
でも、さすがにこの2つのホクロが大きくなりだしてからは、寝ている時以外は頭の片隅に常にホクロのことがあった。
自販機で飲み物を買う時。会社で人に書類を渡す時。電車で吊り革を掴む時。
自分の腕や肩が視界に入った時などは特に。
(ああ、そういえば、今朝見たらまた少し大きくなったっけ)
と、日に日にホクロに対してネガティブな感情が溜まっていった。
気分が下降ぎみだったのもあり、500円玉と同程度の大きさまでホクロが肥大化したあたりで、
「これは……マズくないか」
と焦って、急いで形成外科を受診してみた。
「先生、もしかして皮膚ガンがなにかですか?」
「いえ、調べたところ、これは悪性の腫瘍ではありません」
「本当ですか!?よかった」
「ただ……」
「えっなんですか?」
「原因がはっきりと分からないんです」
「それって今後病気になる可能性も……」
「なくはないですね。念のため、他の病院も受診してみることをお勧めします」
「そうですか。ありがとうございました」
「あ、ちなみにこの大きさくらいだと、除去するとしたら自由診療になりますので」
自由診療というと……」
「美容整形にあたるので、手術しても保険適応外ということです」
別の形成外科の医師にも同じことを言われ、ホクロを取ることを決意し、美容外科を紹介してもらった。
「診たところ、これくらいなら30分もかからずに取れますね。右腕と左肩どっちも取るとして、慎重にやっても1時間弱で終わると思います」
「どちらも取ってほしいです」
「了解でーす。麻酔打って、炭酸ガスレーザーで除去して、経過観察するって流れになります」
炭酸ガスレーザー」
「いやいや、ただの医療器具ですから。安心してください」
とても医者には見えない遊び人のような雰囲気の人だが、準備から施術から流れるように進んでいったし、麻酔が少し痛かったくらいで、あっけなくホクロを2つとも除去してくれた。
血も全然出ないし、拍子抜けするくらい簡単に取れた。絆創膏を処方してもらって、
「1日に1回貼り替えてください。それで、おそらく2週間くらいで傷も消えると思います」
と言われ、5万円であっという間にホクロから解放された。
あーすっきりした」
安心したのもつかの間、数日経ってまたホクロが現れた。今度は首と右の太ももだ。
小さいうちに取ってしまおうか悩んでいるうちに、ホクロはみるみる大きくなってきた。首のホクロに至っては首周り全部に広がって、背中にも侵食しようとしている。
一大事だ。最初に受診した形成外科へ駆け込んだ。
「今回も悪性の腫瘍ではないんですが、原因は分かりませんね」
「なんだか怖いので、取ってもらえませんか」
「ここまで大きくなっていれば保険が適応されます。ただ……場所が場所ですから、麻酔をしても痛みがあるかもしれません」
「構いません。きれいに取ってください!」
あれだけ広範囲に拡がっていたホクロが、あとかたもなくなっていた。この先生に頼んでよかった。保険のおかげで、会計も10万円で済んだ。
もうこれで終わりだ。ホクロなんて今後できないし、できても色の薄くて小さいやつだけ。全く気にならない、人の目に触れない箇所にちょこんとできるレベルにしてくれ。


必死の願いもむなしく、施術後3日ほどでまたホクロができた。今度は左のふくらはぎと口元だ。とうとう他人から見える位置にできてしまった。こうなってくるとホクロの存在による心労は今までの何倍にも積み重なってくる。
会話する時に相手の視線が一瞬ホクロに向いたのも全部分かってるし、悪気はないだろうけど、ゴマ?ゴミ?がついてるよと指を差してくる。うんざりだ。
だが、これは案外早い段階で解決された。
ふくらはぎと口元以外にも腰、左手、お尻等々数ヶ所に現れた。その後、今までにないスピードでホクロが急拡大していった。
周りの人はパニックになった。ダニや蚊に刺されて変な感染症にでもなったんじゃないか。恐怖と不安でたまらなそうにしていたが、自分としては身体の表面の色が変わっただけで、特に体調不良でもなんでもなかった。周りが怯えているばかりだからか、逆に冷静でいられた。
大騒ぎになっても困ると思い、会社を早退して、眼鏡とマスクを買って病院へ行った。
シャツを脱いで、左肩からデカくなってきたホクロと左手の甲からデカくなってきたホクロがそろそろ繋がりそうなのを見て、医師や看護師たちが大慌てで防護服に身を包んだ。
血液検査だとかX線検査だとかいろんな検査が行われた。どこもなんともないので、普段通りに大人しくしていると、医療関係者からすると逆にそれが不気味に見えたらしく、とても緊張していた。
検査結果が出るまで誰もいない部屋で一人寂しく待っていると、その間にもホクロはどんどん大きくなっていき、とうとう顔と下半身はホクロの黒褐色に埋めつくされた。
不思議そうな顔で医師が書類を持って部屋に入ってきた。防護服は脱がず、自分と少し距離を取って椅子に座った。そして、
「検査の結果、特にお身体に異常はありません。ただ……」
「原因が掴めない」
「……!はい。一体何が起こっているのか」
医師が悩んでいる間に、ホクロはとうとう右の二の腕以外の全てを侵略していた。
「局所的なホクロでしたら除去も簡単なんですけど、こうも全身に広がっていると……」
さすがにこれは取れないだろう。取れても費用も桁違いになるはず。
「別にいいです。このまま取らなくて」
医師はまだ何か言いたいようだった。あ、そうか。これがもし新種の病気だった場合を心配しているのか。確かに、今ここで病院を出て、誰かに感染ってしまったら……。もし他に同じような症状の人が現れた時にどう対処するのか。いろいろと考えているうちに、二の腕も全部ホクロで覆い尽くされた。これで完全に全身ホクロ人間になってしまった。
「とりあえず数日間、経過観察のために入院という形でよろしいですか?」
こうなってしまっては仕方がないだろう。外に出て騒ぎが大きくなってもよくない。
「はい。何かあったらよろしくお願いします」
個室に入ることになって、部屋に案内されている時だった。ふと、左肘のあたりの違和感に目が止まった。
あっ、肌色のホクロだ。



この物語はフィクションです。