ショートショートの披露場

短い小説を書いています

ウサギとカメ

ある小さな島で毎年行われる祭りが、今年もやってきた。出店が並んだり、神輿を担いで村をねり歩いたり、例年と同じく賑わいを見せていた。
2日に渡って行われるこの祭りの最後は、必ずある競技で締めくくられる。それは一対一の賞金レースである。小さな島故、たいした額ではないが、そこそこの大金が手に入るため、毎年参加希望者は後を絶たない。祭りの運営委員による厳正なる審査の結果、今年はウサギとカメが選ばれた。
スタート地点は島で一番高い山の頂上で、祭りが行われている山の麓がゴールだ。現在、頂上にはウサギとカメと審判しかいない。
「審判さん、私はもう準備できています。そろそろ始めませんか」
「お待ちください、カメさん。ウサギさんがまだです」
「もうちょいだから、ちょっと待って。この焼きそば、意外とボリュームあってヤベェ」
ウサギがようやく食べ終わったところで、審判が2人を集める。
「準備はいいですね?」
「もちろんです」
「食休みしたいけど、まあ大丈夫っしょ。とっとと始めよっか」
スタートラインにウサギとカメが立ったことを確認した審判は空砲を撃った。それを合図に2人は走り出す。
出だしは拮抗した勝負だった。満腹状態のウサギと運営委員も驚いた走力のあるカメ。とても見応えのあるレースだ。自慢の脚力を活かし、瞬間移動にも見えるほどカメを置き去りにし、少し進んだところで休む。カメに追いつかれたらまたダッシュ、これを繰り返していた。
一方カメは、この日のために浜辺で特訓を重ねていたおかげで、持久力がついた。スタートからわずかにもスピードを落とさず、常に一定のペースで走り続けている。
「へえ〜。あんた、やるねえ。結構鍛えたのかな?」
「この日のために、毎日ランニングを10km続けてきました」
「それはそれは、ご苦労さん」
「今日はあなたに勝ちますから」
「ッフフ。何言ってんだよ。勝つのはオレだ」
「負けませんよ」
懸命なカメをあざ笑うかのように、ウサギは瞬足で走り去っていった。
「チッ、オレがカメなんかに負けっかよ」
レース終盤、大幅にリードしたウサギはゆっくりと食休みを取るとこにした。
(これだけ離せば、もう余裕で勝てるな)
安心したウサギは、つい居眠りしてしまった。涎を垂らして眠っていると、とうとうカメが追いついた。
「ウサギさん。どうしてこんなところで寝てるんですか!?まだ勝負はついてませんよ」
「ん?ああ、カメか。もうここまで来たのか。意外と速いな」
「賞金のかかったレースなんですから、真剣にやってください」
「いやいや、オレの本気知らないでしょ?これぐらいがちょうどいいハンデなんだよ」
「失礼ですが、己を過信しすぎではありませんか?足元すくわれますよ」
「必死だな。そんなに金が要るのか」
「ええ、浦島さんの介護費用のために」
「浦島……ああ、あんた、あの時のカメか。え、でも浦島は別にあんたの主人じゃないでしょ?なんで」
「私はあの方に命を救っていただけましたから」
「……ふーん。真面目だねえ」
「そういうあなたはどうしてこのレースに?」
「……海外旅行に行くためだよ。この島、狭いし。できれば、そのまま移住しようかな」
「そうでしたか。夢のために……」
「夢じゃねえよ。退屈だからだよ」
「何にせよ、目的があるのはいいことです。さあ!勝負の続きをしましょう」
「へいへい、お先にどうぞ。オレはもうちょい休憩してから行くよ。勝つために、な」
「そう来なくては!負けませんよ!」
ウサギは甲羅を揺らしながら走っていくカメを見送ってから、また一眠りした。


先にゴールテープを切ったのはカメだった。日も暮れ始めていたが、レースの勝者と宴会をしたいものたちが、今年もゴールの近くに酒席を設けてたくさん集まっていた。
「おお、カメさん!おめでとう!」
「カメさん、おめでとう」
「ありがとうございます。諦めなくてよかったです」
「お疲れさん。さあさ、飲もう飲もう!」
「はい。……あの、ウサギさんは」
「ん?そういえば、まだ……」
その時、レース終了を知らせる空砲が鳴った。ゴールしたウサギにみんなが声をかけていく。
「お疲れ、ウサギさん。惜しかったね」
「ナイスランだったよ。さあ、飲もう。何飲む?持ってくるよ」
「そうだな、リンゴジュースでももらおうかな」
「あいよ。じゃ、先に行って席取っといてくれよ」
「ああ」
みんなが酒席に移動し始めてから、カメがウサギに声をかけた。
「お疲れ様でした、ウサギさん。今回は勝たせてもらいました」
「やられたよ。案外いい走りするんだな」
「特訓した甲斐がありました」
2人が話をしているところへ、サメが近づいて来た。
「やあやあ、ウサギさんにカメさん。レースお疲れさん。いい勝負だったよ」
「サメさん、ありがとうございます」
「……サメの兄貴、来てたんンすか?」
「当然だろ。いくら貸したと思ってんだ。ほら、とっとと賞金よこせ」
「そ、それが……」
「ウサギさん、借金があったんですか。あれ、でも、海外旅行に行きたいって」
「なに!?テメェこの野郎!逃げる気だったのか!?」
「ち、違いますよ。そんなわけないじゃないですか」
「……ウサギさん、このお金使ってください」
「はっ?おい、ウサギ。お前レースで負けたのか」
「い、いやあ……レース前に焼きそば食いすぎちゃって」
怒りが頂点に達したサメは、自慢の牙でウサギの背中の皮を剥いだ。
「ぎぃやあああ!!」
「ウサギのくせにカメなんかに負けやがって。全身の皮剥いで、利子として売り飛ばしてやる」
見かねたカメがウサギに助け舟を出した。
「このお金で早く借金を返済してください」
「ダメだ。その金はレースで勝ったあんたの賞金だ。それで、浦島を助けてやれ」
「でも、それじゃあウサギさんが」
皮を剥がされた痛みで倒れていたウサギが、ゆっくり立ち上がった。
「大丈夫だよ。休憩は十分取った。じゃあな」
そう言い残して、ウサギは颯爽と祭の雑踏の中を駆け抜けていき、あっという間に見えなくなった。



この物語はフィクションです。