ショートショートの披露場

短い小説を書いています

秩序ある世界

ようやく念願叶って、私は地球に来ることができた。幼い頃に立体映写機から流れてきた地球の特集を見て、行ってみたいと憧れを抱いた。美しい自然も去ることながら、”ニンゲン”と呼ばれる種の営みに心惹かれたのだ。 お腹を空かせている者がいれば、食べもの…

サンタクロースの正体

みんなはまだ気づいていないけれど、ぼくは気づいてしまった。サンタクロースの正体がニンジャだってことに。 最初は全くふしぎには思わなかった。イブの夜に、世界中の子供たちにプレゼントを配っているおじさんがいるのか。ぼくのところにも来てほしいなっ…

人生の最高の終わり方

親が目の前で死んでくれることでどれだけ救われるか。この安心に近い感情を理解したがらない人間がいるとしたら、その方はかなり過去に生きているのでしょうね。 常識や当たり前や価値観というものは時代や環境によって変わるものだから、別に否定はしません…

ホクロ

朝起きたら右腕にホクロができていた。大きさはだいたい1~2ミリくらいで色も薄いから、その時は気にならなかった。 数日後、今度は左の肩にホクロができた。大きさも色の濃さも右腕と大差なかった。どうせ日中は仕事でスーツを着るのだし、ジャケットを脱い…

ボタン

平日の午前中ということもあって、駅前行きのバスには運転手が1人と乗客が5人だけだった。バス後部の2人掛けの席に座る女性は、息子の研人が公共の場にふさわしくない行動を繰り返すので、てんてこ舞いだった。 「ケンくん!お願いだから大人しくして!」 そ…

財産

せっかくの良い天気なんだが、こうも身体がダル重いとなかなか仕事に身が入らない。が、いい年してうだうだ言ってるのもカッコ悪いので、コーヒーを1杯飲んで集中する。 職場のデスクに着くと、部下の坪井が来た。 「相田さん、おはようございます。今日回る…

人違い

本屋さんでむずかしそうな本たちとにらめっこしてるパパに声をかけた。でも振り向いたらちがう顔だった。知らない人だ。 あやまらないといけないけど、はずかしくてモジモジしてたらそのおじさんが「パパと間違えちゃった?」ときいてきた。うん、と頷いたら…

仕事

その男は片側2車線の県道沿いにいた。 桜の見頃を迎えるこの時期らしく、午前中からとても暖かい。これくらいなら上着はいらないと思われるが、男の傍らには薄手のジャケットが置かれていた。 「夕暮れ時は意外と冷えますからね。念のため、持ってきてるんで…

あの雲、綿あめみたいだな。でも雲ってだいたい綿あめみたいな感じか。……実際はどうなんだろう。甘いのかな。でもどうしよう。手が届かない。あ、そうだ。写真に撮ってみよう。カシャ。よし、これで現像した写真から雲の部分を剥がして食べてみよう。……うん…

ウサギとカメ

ある小さな島で毎年行われる祭りが、今年もやってきた。出店が並んだり、神輿を担いで村をねり歩いたり、例年と同じく賑わいを見せていた。 2日に渡って行われるこの祭りの最後は、必ずある競技で締めくくられる。それは一対一の賞金レースである。小さな島…

オレオレ詐欺

お昼を食べ終えて皿を洗っていると、電話が鳴った。もしもし、と応えると、 「あ、もしもし。元気?オレだよオレ」 と返ってきた。いまだにあるんだねえ。オレだオレだと息子を名乗る詐欺電話。とうとううちにも来たか。そうだ、録音録音。 「元気だよ。久し…

喫水店

あまりの激務で疲れ果て、口を開けて休憩しているところに、同僚が声をかけてきた。 「気分転換に外でも歩かないか?」 正直乗り気ではなかったが、屋外に出たほうが気分が晴れると思い、同僚に続いていった。 「オススメの喫茶店があるんだ。『Blue』ってい…

愛する人

オレは今、トイレにいる。お食事中の方がいたら申し訳ない、謝ります。トイレで何をしているかと言えば、当然だが用を足している。トイレは排泄の場であり、オレはここで用を足す。それだけに集中する。携帯を操作したり、新聞などを読んだりはしない。用を…

迷子

田上さん(仮名)の話によると、それは日付が変わるか変わらないかぐらいの、深い夜のことだった。その日は仕事が早く終わり、久しぶりに同僚と飲みに行くことにした。数人に声をかけ、都合の良かった高岡さん(仮名)と小松さん(仮名)と合わせて3人で飲む…

嫌われた男

えっ、先輩、禁煙始めたんですか?珍しいこともあるもんですね。雪でも降るのかなあ。痛っ、冗談ですよ、先輩。真に受けないでくださいよ。 じゃあ食後の一服はあそこの自販機でコーヒーでも買いますか。ほら、ちょうど近くにベンチもありますし、これだけ天…

夢のような装置

今日の空は一面綺麗な青が広がる晴天だったが、中村一幸の顔は曇っていた。 「どうしようかなぁ……」 数時間前、中村は関京大学内の研究棟B棟の第8研究室にいた。1限からゼミの集まりがあり、重たい瞼をこじ開けるのに必死だった。他の学生たちもまだ眠そうに…

ペット

「お母さん!ねぇ、お母さん聞いて!」 美姫は帰宅するなりランドセルをポイっと廊下に放り、叫んだ。 「美姫、帰ったら『ただいま』でしょ。それと、物はもう少し丁寧に扱いなさい」 「それよらお母さん、聞いてよ!さくらちゃんがね、犬を飼い始めたの。柴…

リベンジリボルバー

「おい、何読んでんだよ」 僕が自分の席で大人しく本を読んでいると、いつものように上田たちが絡んできた。上田悠人、松阪弘太、日高一平。3人はこのクラスの不良ポジションにいる。そんな奴等が積極的に僕をいじめるので、クラスメイトたちはいつも見て見…

惑星サミット

とある国の大統領官邸に一通の手紙が届いた。 「閣下、スズス星からの通知です。来月行われる惑星サミットの案内のようです」 「そうか、もうそんな時期か。あの星のチーズはとても美味しいからなぁ。一つの店のチーズ、全部買い占めちゃおっかな」 「いけま…

みんなのサンタ

12月20日金曜日。雪こそ降らないものの、肌を突き刺すような寒さが続いている。天気予報によると、来週はいよいよ雪が降るようだ。人々は今年はホワイトクリスマスになるぞと喜びを表にする。キリストの誕生を祝う祭りを前に、待中が賑やかになる、そんな日…

戦争

「くそっ!」 隊長はその身を挺して、敵の攻撃から俺を守ってくれた。 「すみません隊長……自分の不注意で……」 「気にするな……。それより、早く負傷者を連れて逃げろ」 「はい!」 仲間が隊長を担ごうと手を伸ばしたが、隊長はそれを制した。 「俺はここで敵…

運動会

「さあ!今年も始まりました〇‪✕‬第一中学、頭の大運動会!実況は私、放送委員の栗原鞘香と」 「同じく放送委員の早坂唯が務めさせていただきす!皆さん、盛り上がっていきましょう!」 〇✕第一中学校に限った話ではない。子供たちに身体能力を競わせる運動…

政治家の権力による国民のための政治

円卓を囲む世界の長たちは頭をが抱えていた。 「世界の人口が100億を超えてもう何年になるんだ」 「有識者の中には200億を超えるのにそう時間はかからないという者もいるぞ」 「どうやって手を打つんだ」 「我々の国は承知の通り、宇宙開発に力を入れている…

願い事一つ

「ここに5億円ございます。どうかこれをお使いください」 こんなことを言われて驚かない人はいないだろう。吉田征一郎も当然、心底驚いた。 吉田は物理学者で、今はタイムマシンの開発に心血を注いでいる。もう少しで完成する段階まできているのだが、当初の…

現代版 浦島太郎

「今日の練習はここまで。グラウンドの整備をしてから帰るように。ありがとうございました」 「ありがとうございました」 コーチの挨拶の後、少年たちは散らばっているボールを片づけたりトンボで地面を均したりして、素早く整備を終わらせた。 「お疲れ」 …