ショートショートの披露場

短い小説を書いています

運動会

「さあ!今年も始まりました〇‪✕‬第一中学、頭の大運動会!実況は私、放送委員の栗原鞘香と」
「同じく放送委員の早坂唯が務めさせていただきす!皆さん、盛り上がっていきましょう!」
〇✕第一中学校に限った話ではない。子供たちに身体能力を競わせる運動会は廃止にすべきだという意見が過半数を占めるのが、現代の日本である。これを受けて全国各地の小学校、中学校、高等学校では、頭脳を競わせる運動会が主流となっている。
各学校により様々な形式が見られる運動会だが、どの学校でも見られる共通点がある。それは子供たちが怪我をしないように、教師たちが常に気を配っているということだ。会場となるグラウンドでは走ることは厳禁。出店も禁止。万一の場合に備えて、救急車が1台と救急隊員が数名、運動会の開会式から閉会式まで待機している。
「開会式がようやく終わったところで、早速競技に参りましょう」
「プログラムNo.1、歴史は!俺が私が塗り替える!解答者は1年生、ジャンルは社会です」
学年ごとにクラス対抗で行われる〇✕第一中学校の運動会。一つのプログラムで出題される問題は3問。この学校は3学年のいずれも5クラスある。一クラスから1名、合計5名一組で競い合う。
問題のジャンルは中学校の必修科目である国語、数学、英語、理科、社会、体育、音楽、美術、技術、家庭科の他に、映画、芸能、マナー、大喜利、なぞなぞなどが選択肢に含まれている。この中から、7つのジャンルが選ばれる。今年選ばれたのは、数学、理科、社会、体育、音楽、技術、大喜利の7つ。
「それでは、一組目の解答者たちが席に着いたようなので、スタートです!」
栗原の掛け声の後、グラウンドに調査の良い効果音が流れた。問題を読み上げる前の合図だ。
「この問題は挙手制です。答える場合はまず手を挙げてください」
「問題です。日本で一番大きな湖は滋賀県の琵琶湖、二番目は茨城県霞ヶ浦です。では、三番目はどこの何湖でしょう?」
問題文が読み終わるのとほぼ同時に、2人の生徒が手を挙げた。
「おおっと!勢い良く2人の手が挙がりましたが、どちらの方が速かったでしょうか。解答席の側で審判を務めている田中みどり先生に訊いてみましょう。田中先生!」
「はーい!私の見た限りでは、4組の高橋翔君の方が速かったように思います」
「田中先生、ありがとうございました。ということで解答権を得た4組の高橋君、答えをどうぞ!」
「北海道のサロマ湖!」
栗原は少し間を空けてから正解とコールすると、おめでたい効果音が流れた。正解した高橋のいる4組は10ポイントを得た。4組の生徒たちは喜び、惜しくも解答権を逃した2組の生徒たちは不満気な表情を見せた。
「次の問題も挙手制です。よく問題を聞いて、答えてくださいね」
「問題です。世界三大宗教とは、キリスト教、仏教とあと一つは何でしょう?」
今度は問題文が読み終わるのとほぼ同時に、4人の生徒が手を挙げた。それを見て遅れて残りの一人の生徒が手を挙げた。
「またまた僅差ですねぇ。田中先生、どうでしたか?」
「本っ当に僅かな差でしたけど、1組の長岡祐二君が速かったと思います」
「田中先生、ありがとうございました。では1組の長岡君、答えをどうぞ!」
ヒンドゥー教!」
栗原がやや間を空けて、残念そうに不正解を告げると、ブブーと効果音が鳴った。解答権が2組の渡辺朝日に移り、渡辺が答える。
イスラム教!」
正解のおめでたい効果音が流れ、2組の生徒たちは飛び跳ねて喜んだ。2組は10ポイントを獲得した。
「続く3問目は、この組最後の問題となります。解答者の皆さん、全力を出し切りましょう!」
「問題です。裁判所の地図記号を描いてください」
「お手元にあるスケッチブックに大きく描いてください。なお、この問題は挙手制ではなく、全員の答えが出揃うのを待って一斉に答え合わせをします。ですので、そんなに焦らなくても大丈夫ですよ、長岡君?」
グラウンドが笑いに包まれ、長岡は赤面した。
「5名とも描けたようなので、答えを見てみましょう。一斉にオープン!」
栗原の掛け声で解答者の5人は描いた図をグラウンドにいる生徒たちに見せた。
「4人はどうやら同じ図を描いたように見えるのですが、一人だけ、5組の三浦忠君のだけ違う図のようですねぇ」
三浦以外の4人は、三角形が一つとその底辺から垂直に伸びる一本の線を描いていた。三浦の図は、天秤のように見えた。
「さ、裁判所って弁護士がいるところですよね?ほ、ほら、弁護士が着けてるバッヂって、て、天秤が描いてあるし」
「なるほど。声は震えていますが、まだ不正解かは分かりませんよ?全員不正解の可能性もありますからね」
栗原が意地悪く言った後、ドラムロールが鳴った。
「それでは正解を発表します」
栗原は今まで以上にもったいぶり、ドラムロールが鳴り終わってから正解の描かれたカードを両手で前に突き出した。
「ご覧の通り、正解は1、2、3、4組です。三浦君、残念でした」
5組以外に、それぞれ10ポイントが加算された。ここまでの合計は、1組が10ポイント、2組か20ポイント、3組が10ポイント、4組が20ポイント、5組が0ポイントとなった。
「二組目に移る前に、ここまでの3問を先生方に解説していただきましょう。社会担当の豊島綾音先生、堀清高先生、よろしくお願いします」
教師たちは問題の監修も務めている。運動会の準備期間中、各ジャンルに割り振られ、問題と答案を作成する。そして当日、教師たちは挙手制問題の判定の他に、問題の解説も行う。解説は1組ごと、つまり3問ごとに行われる。
「社会担当の豊島です。まず、私が2問目の解説をしますね。その後で堀先生に1、3問目の解説をお願いします」
豊島は席を立ち、実況席と解答席の間に用意されたホワイトボードで解説を始めた。続く堀も、いつものように授業と同じ感覚で解説を始めた。
「三浦君、考え方は良かったんだけどねぇ。でも裁判所には弁護士の他にも人はいますよ?弁護士の独壇場ではありません。さて、裁判所の地図記号はこのように三角形と縦棒が一本です。地図記号というのは、その場所に関係のあるものが描かれているパターンがあります。例えば、果樹園の地図記号は果実の形からきていますし、工場の地図記号は歯車の形に由来しています。では、裁判所の地図記号は何を表しているのか。それは、告知版の形を表しているんです。昔の裁判所は市民に何かを通知する際、看板に紙を貼って知らせていました。その時の看板の形がこの地図記号の由来となっています。覚えておいて損はないはずです。テストに出るかもしれませんからね」
堀は満足そうな顔をして解説を終えた。
その後も、運動会は例年通り滞りなく進行していった。明るく口数の多い生徒と落ち着きがあり朗読の上手い生徒が毎年実況に選ばれ、準備期間中に入念に実況のシミュレーションを重ねる。お笑いのボケとツッコミの要領で、実況は淀みなくプログラムを進めていく。初めて参加する1年生は緊張する者も多く、彼ら彼女らをフォローするのも実況2人の大事な役割である。
栗原、早坂の息の合った実況により、残すは3年生の数学のみとなった。
「さあ、今年の〇✕第一中学、頭の大運動会もいよいよ大詰め!ラストを飾るのは、プログラムNo.21、あの謎を解くのは誰だ!?解答者は3年生、ジャンルは数学です!」
「さやちゃん、1、2年生の数学はギリギリ実況できてたけど、今度は大丈夫?」
「ちょっとちょっと、唯ちゃん。あんまり私を見くびってると、因数分解しちゃうぞ?」
「さやちゃんの口から因数分解なんて聞けるとは……。明日はノコギリでも降るのかな?」
一組目の解答者たちは既に席に着いており、いつでも戦える状態にあった。栗原と早坂の小競り合いが続いていたので、教師たちが止めに入り、間もなく進行が再開した。
「気を取り直して、第一問目!」
「問題です。次の方程式を解きなさい。x²-x-132=0」
「それでは皆さん、スケッチブックに答えをお書きください。なお、途中式などの計算を書く場合は余白に、答えよりも小さく書いてくださいね。制限時間は3分です。シンキングタイム、スタート!」
栗原の合図で陽気なメロディが流れ始めた。
「んだよ、これ。わっけ分からん。マジ意味不明。132だけにね」
数学の苦手な4組の野村荒貴が大声で不満を漏らした。生徒たちが爆笑した。
(ふっ、こんな問題に3分も必要ないだろう。きちんと授業を聞いていれば解けて当然)
1組の阿部英明は不満を口にはしなかった。
「野村君、笑い取ってないでペンを取ってくれる?」
「おっ、栗原上手いこと言うね」
また生徒たちが笑う。阿部はまた不満を募らせる。
(真面目にやれよ、全く)
3分が経過。5人の答えが出揃い、栗原が正解を発表する。
「というわけで、途中式などは採点に加味されませんので、正解のx=-11、12が書けている、1組、2組、3組、5組は10ポイント獲得です」
4組以外の生徒は喜びを表にする。3組の片山潤には応援の声に混じって黄色い声援も飛んだ。
「はーい皆さん、静かにー。次の問題に参りますよー。うわっ、また数字ばっか……。唯ちゃん、後頼んだ」
そう言い残して、栗原は目を閉じた。
「起こしたらちゃんと起きてよね?それでは、問題です。次のグラフの式を求めなさい。三点(1、-2)、(-1、8)、(3、-4)を通る放物線。シンキングタイムは3分です。なお、こちらも余白に計算をしても結構ですが、答えより小さく書いてくださいね」
子守歌のような優しい音楽が流れると、栗原は机に伏して本当に眠り始めた。
(ようやくまともな問題が出たな)
阿部はペンを走らせた。片山も同様に涼しい顔で問題を解いていく。反対に、野村は解答を放棄し、2組の沼田直也と5組の佐藤葵は苦戦していた。
シンキングタイムが終わり、早坂は栗原を揺すり起こした。栗原が目覚めたところで正解を発表する。
「えー、正解はy=x²-5x+2です。ポイントを獲得したのは、うわっ、2人もいる!阿部君と片山君!天才っているんですねぇ。というわけで1組と3組に10ポイント入りまーす」
(やはり、勝負になるのは片山だけか)
正解しても阿部は満足していなかった。阿部は一方的に片山をライバル視している。学内のテストでは常に点数を気にしていた阿部は、テストの度に片山の点数を聞き、一喜一憂していた。2人の成績は学年内でいつも1位か2位、拮抗していた。
「それではいよいよ、この組最後の問題に参ります。あ、確率の問題だ。私でもできそう」
栗原が問題の書かれたカードを早坂に渡し、早坂が読み上げる。
「問題です。赤玉7個と白玉3個が入っている箱から3個の玉を取り出す時、赤玉が2個、白玉が1個である確率を求めなさい」
「制限時間は3分です。途中式などは解答よりも小さく書いてください。シンキングタイム、スタート!」
5人は一斉にペンを取り、計算を始めた。今回は野村も自信があるのか、真剣な表情で取り組んでいた。数学の苦手な野村をからかうつもりでいた栗原はそれができなかった。しかし、途中で諦めた様子の野村を見て、栗原は安堵し、野村を茶化した。
(ふっ、バカが根性を見せたかと思ったが、バカはバカか)
制限時間の3分が過ぎ、栗原が正解を告げる。
「正解は、40分の21でした」
「え、ウソだろ!?マジかよ勘で当たっちゃった!ラッキー!」
運に恵まれた野村を、信じられないといった顔で見つめる生徒がいた。野村の3つ隣の席に座る阿部だった。阿部は、5分の1と解答していた。
「そんな……。この僕が……」
阿部は現実を受け入れられなかった。
「はいはい野村君、嬉しいのは分かったから席に着いてねー。ポイント計算するから黙ってねー」
栗原は野村を宥め、5人の解答を見た。
「ええっと、正解したのは……あれ、なんか意外。阿部君以外全員正解です!2組、3組、4組、5組は10ポイント獲得です!」
栗原が言い終えた直後、静かに立ち上がった阿部は座っていた椅子を野村目がけて力一杯投げた。
「何でお前みたいなバカが正解して、この僕が不正解なんだよおおおっ!」
2人に加勢する生徒、止めに入る教師でグラウンドは混乱した。この件がニュースで取り上げられて以後、ポツポツと似たような事件が報道されるようになった。受験のストレス、激化する競争社会への不安、心の闇。マスコミが煽り、各地で議論が加熱していった。
いつしか、子供に競争を強いるのは良くないとの意見が増え、運動会及び体育祭は禁止された。





この物語はフィクションです。