ショートショートの披露場

短い小説を書いています

リベンジリボルバー

「おい、何読んでんだよ」
僕が自分の席で大人しく本を読んでいると、いつものように上田たちが絡んできた。上田悠人、松阪弘太、日高一平。3人はこのクラスの不良ポジションにいる。そんな奴等が積極的に僕をいじめるので、クラスメイトたちはいつも見て見ぬフリをする。
松阪は僕が持っていた本を取り上げた。ここで下手に反抗してまた殴られるのは嫌だから、されるがまま、飽きてくれるのを待つしかない。
「『魔法学校に受からない』?なんだよ、これ。どんな話だよ。面白いの?」
魔法少女を目指してる女の子が、魔法学校に入学するために努力する話だよ」
「あれだろ?萌えってやつだろ。ほんとキモいんだけど。なあ、悠人?」
「魔法の勉強か。案外おもしれぇかも。おいウチュー、箒持ってこいよ」
何度言えば分かるんだ。僕の名前はウチューじゃない、山本宇宙だ。けど、親からもらった大切な名前だとは思っていない。
この名前は世間で言うところのキラキラネームだ。そりゃそうだ。『宇宙』と書いて『あーす』と読むなんて、どんな神経してるんだ。宇宙ならせめてスペースとかコスモスだろう。アースは地球だ。中学生の僕でも分かることなのに。
言われた通りに箒を持ってくると上田は、
「それ持って飛べよ。ほら、魔法の勉強したんだろう?」
「できるわけないだろ。これはフィクションなんだから」
「んだよ。つまんねーな」
上田は箒を握り、僕の顔を箒の先端で突き始めた。
「なんか面白いことやれよ、ほら」
痛い。僕が嫌がって顔を背けると上田は何かを思いついたのか、口元を緩めた。嫌な予感がした。
「弘太、一平、今日弁当?」
「いや、購買でパンでも買おうかと思ってたけど」
「俺もそのつもり」
「ちょうどいいや。俺もだから、飯代賭けてゲームしようぜ」
「ゲーム?どんな?」
「ウチューを黒板の前に立たせて、ウチューの口ん中にチョークを投げ入れんの。最初に入った奴と2番目の奴は最後の奴に全額おごってもらえる。で、買いに行くのは2番目の奴。どう?やる?」
「マジか。ビリなら3人分か……」
「いいよ。やってやろうじゃん」
渋る松阪を上田と日高が説得する。結果、松阪もゲームに参加することに。くそっ、簡単に乗せられやがって。
「よし、じゃあ始めよう。おいウチュー、口開けて黒板の前に立てよ。もっと大きく開けろよ」
何で僕がこんなことしなくちゃいけないんだよ。誰か助けてくれ。的なんて黒板に書けばいいだろ。こいつら絶対手加減なんかしない。どうするんだよ、目に当たったりしたら。間違って飲み込んだらどうするんだ。やめてくれ……。
「せーの!」
1回戦。横一列に並んだ3人が同時にチョークを僕の口に投げ入れようと腕を振った。僕から向かって右側にいた上田の投げたチョークは、右耳に触れるか触れないかのギリギリを通過して黒板に当たり、弾けた。
真ん中の松阪が投げたチョークは、ちょうどお腹の辺りに命中した。学ランを着ていたので全然痛くはなかった。
しかし、僕から向かって左側にいた日高の投げたチョークは、僕のおでこに当たり、少し欠けた。
「痛ってぇ……」
たまらず、その場にうずくまってしまった。
「あー惜しい。もうちょい下か」
「ちょっとハンデくれよ。俺あと3歩前出ていい?」
「ダメだ。おい、早く立てよ。まだ終わってねぇぞ」
あの後、先生に見つかるまでに6回戦まで続いた。顎に1発、頬には3発当たった。そして、最後の6回戦で上田の投げたチョークが口に入ってしまった。歯にかすることもなく、キレイに奥まで侵入してきた。むせずに飲み込んでしまった。お腹を壊したらどうするんだと心の中で怒りはしたが、3人は生活指導の先生にみっちり説教されていたし、とりあえずすっきりした。
放課後。上田たちに、ゲームの続きやろうぜと呼び止められやしないかとビクビクしていた。けど、どうやらサッカー部に遊びに行くらしい。ホッとした。今日はもうあいつらのオモチャにされずに済むんだ。
安堵の息を吐いた瞬間、急に、ぎゅるぎゅるという音とともにお腹に痛みが。くそっ、絶対チョークのせいだ。何で今頃になって……。コンビニは……そうだ、あの交差点を左に曲がればすぐだ。自然と早足になる。信号変われ!早く青になれ!
間に合った。コンビニがあと一軒先だったらアウトだったかもしれない。用も足したし、お腹の痛みも引いた。早く帰……。
「何だ、これ」
入ってきた時は焦っていたから気づかなかったが、個室トイレの棚に何か黒い物体が置いてある。何だろう。革製品っぽいが財布にしては形が歪だけど。
「えっ」
中を見て、驚きのあまり声が漏れてしまった。これ、拳銃じゃん。弾も装填されてる。モデルガン……じゃない!王冠のマークが入ってない。じゃあ本物の……。ど、どうしよう。下手に触って暴発したら大変だし、早く警察に届けた方がいいよな。
でも、これがあれば……。こいつであいつらに復讐できる。そうしたら、あの地獄のような毎日から解放される、もういじめられないで済むんだ。平和な日々が、送れるんだ。
やろう。ここしかないかもしれない。ここで手放したら今後二度と機会に巡り会えない気がする。やるしかない。
銃を鞄に仕舞い、僕は足早に帰宅した。覚悟が固まったからには絶対に成功させたい。頭の中でシミュレーションを繰り返した。弾は5発しかない。無駄にはできない。あいつらのことだ。銃が本物かどうか疑うはず。威嚇で1発。3人にそれぞれ1発ずつ撃って3発。そして予備の1発、で合計5発だ。失敗はできないから、なるべく近づいて撃たなきゃ。
その後もシミュレーションを繰り返した。明日は土曜日。部活で来る生徒もいるだろうが、平日よりは少ないし大丈夫なはず。明日やろう。
そして、運命の日。
学校の屋上で上田たちを待っている間に、冷たい風が吹き始めた。背中を丸めながら寒さに耐えていたけど、もうすぐ暴力から解放されるのだと思うと、別段ストレスも感じなかった。3人への復讐のことで頭がいっぱいで、他のことは何も考えられなかった。
懐にしまってある銃を服の上から撫でる。ある。ちゃんとあるぞ。後は上田たちが来れば……。
その時、ドアを乱暴に開ける音とともに上田が屋上に現れた。上田はそのまま何も言わず、無表情のまま、僕に向かって歩いてくる。やばい。やっぱりキレてる。威嚇射撃しないと。僕は焦って銃を取り出そうとすると、上田の足が止まった。
「こんなところに呼び出してどういうつもりだ」
「は、話があるんだ」
「何でてめーの話を俺様が聞かなきゃいけねえんだよ」
「上田だけじゃない。松阪と日高にも話があるんだ。3人に話したことがあるんだ」
「わざわざ土曜日に呼び出してまでするような話なんか、お前にねえだろ」
「あ、あるよ」
「じゃあとっとと話せよ。俺はお前と違って暇じゃねえんだよ」
「3人揃うまで待ってくれ」
「この野郎……ウチューの分際でこれ以上怒らせるんじゃねえよ!」
上田が一歩、また一歩と僕へと接近してくる。今度こそは撃たなきゃと思い、僕は懐に手を伸ばし、銃を取り出した。焦りと恐怖とで手が震えている。ダメだ。しっかりしろ。一度深く息を吸い、吸った息を全て吐き出す。もう一度、スゥー、ハァー。
それでも、完全には震えは止まらなかったが、幾分落ち着きは取り戻せた。僕は上田を真っ直ぐ見据え、銃のグリップを握り直した。
「どうせ偽物だろ?おもちゃの銃で俺に勝てると思ってるわけ?」
やはり上田はこの銃を偽物だと思っている。本物だと証明しなくては。僕はトリガーを引いてハンマーをあげた。これで発射準備は完了だ。
僕は銃を上田に向け、トリガーに指をかけた。
「おいおい、お前の頭はどこまでお花畑が広がってんだよ」
上田がまた一歩踏み出した瞬間、僕は銃口を地面に向けてトリガーを引いた。
パーン。
乾いた発砲音が屋上に、校庭に、上空に響き渡った。この銃は本当に本物だった。正直、僕も驚いたが、それ以上に上田も驚いていた。開いた口が塞がっていなかった。上田のこんな間抜け面を見るのは初めてだった。
「嘘だろ……」
想像以上に驚いてくれた。あまりに衝撃的すぎて、逆に信じられなくなっていないか不安だ。無理もないけど。
「こ、これで信じてくれただろ。この銃は本物だ。だから、大人しく僕の話を聞いてくれ」
言い終えた直後、屋上へのドアが開き、松阪と日高が現れた。グッドタイミングだ。
「おい、何だよ今の音。悠人、何か知ら……」
松阪と日高は上田の側まで駆け寄ると、音の正体に気がついた。
「悠人、これ、どういう状況?」
「ウチューが俺ら3人に話したいことがあるんだと。お前ら、分かってると思うが、絶対手出すなよ。あの銃、本物だぞ」
「じゃあさっきの音ってまさか……マジかよ……」
「こいつ……」
全員揃った。上田が最初に来てくれたおかげで、威嚇に1発しか使わずに済んだぞ。後から来て、松阪や日高の制止を振り切って突っ込まれたらもう1発必要だった。少しでも余裕があると安心できる。
さあ、さっきの銃声で大勢に来られても困るし、早く終わらせよう。
「3人とも、並んで座ってくれる?」
「調子に乗りやがってこの野郎」
「やめとけって悠人」
相当頭にきているのだろう。松阪が止めなければ、上田は今にも僕に殴りかかってきそうな勢いだ。さっきからいつになく大人しくしている日高が不気味で、気を抜いた隙に突っ込まれても恐いから、真っ先に始末しようかと思った。けど、やっぱり一番憎い上田から……。
「手を頭の後ろに」
僕は数歩、上田に歩み寄った。近づきすぎて反撃されるのも恐いが、遠すぎて弾を外すのも恐い。およそ6、7メートル?もう少し短いかな。でもこれくらいならちょうど良い間合いだろう。
「話っていうのは、そんなに複雑じゃない。君たちが来る日も来る日も僕をいじめるから。だからいつか復讐してやろうって思ってたんだ。そんな時にこの銃を拾って、ようやくチャンスが巡ってきたと思って君たちを呼び出したんだ」
そこまで言って、一呼吸する。やっと念願が叶うんだ。焦ってはいけない。いじめから解放されて、自由な生活が送れるんだ。ゆっくり、落ち着いて。
「話はこれだけ。それじゃ、さよならだ」
僕は銃口を上田の頭に向け、トリガーに指を置いた。
「じゃあね」
上田に別れの言葉を告げ、トリガーを引いた。
パーン。
よし、次は日高だ。いつ襲ってくるか分からないからね。とっとと始末しなきゃ。今度は銃口を、視線を日高に向ける。じゃあね、と言いかけたところで、何か違和感を抱いた。おかしい。何か変だ。僕は視線を上田に戻すと、その答えが分かった。
「そんな……どうして……」
どうしてまだ上田が生きてるんだ。撃たれて死なない?そんなまさか……。
上田も自分がまだ生きているのが不思議な様子で、両手で身体をまさぐり、撃たれていないことに驚いていた。そうか、僕は外してしまったのか。この距離で。まずい。次こそ当てなきゃ。
狙いをきっちりと上田の頭に定め、今度こそと願い、撃った。
パーン。
外れる。くそっ。当たれ!
パーン。
外れる。残り1発。
パーン。
そんな……全部外れるなんて……。
僕が脱力して銃を下ろすと、3人はゆっくりと立ち上がった。最初に走り出したのは日高だった。ああ、やっぱりな。反撃のチャンスを窺ってたんだ。上田と似て、好戦的だもんな。
こんなこともあろうかと包丁を買っておいて良かった。
勢い良く駆け出し、殴ろうと腕を振りかぶった日高に対して、僕は包丁を取り出して両手でぎゅっと握りしめた。突っ込んできた日高の腹に包丁が刺さった。日高の身体から力が抜けていくのが分かった。包丁で刺すことも想定していたとはいえ、実際に人を刺してみると、言い様のない恐怖が少し湧いてきた。
日高から包丁を抜くと、日高は膝から崩れ落ち、冷たいコンクリートに横たわった。そこに松阪が駆け寄ってきて必死に呼びかけている。あれ、上田は来ないのか。どうしたんだろう。
上田に目をやると、さっきまで座っていた場所から一歩も動いていない。どうやら足がすくんで動けないみたいだ。そうだ、まだ復讐は終わっていない。今が最後のチャンスだ。
「うわあああああ」
全速力で上田のとこまで走って、全力で包丁を上田の腹に突き刺してやった。急なことで反応できなかったようだ。何の抵抗もされず、一思いに刺せた。包丁を抜くと、上田もうつ伏せに倒れた。地面な少しずつ鮮血が広がっていく。
そうだ。松阪も。僕は半ば無意識に、未だ日高に声をかけ続けている松阪の方を向いた。僕は何かに取り憑かれたように歩いて松阪に近づき、松阪の背中に包丁をドスっと刺した。引き抜くと松阪も倒れた。
終わったんだ。いじめから解放されたんだ。復讐を遂げたという達成感からか、上田たちがいなくなったという安心感からか、ふいに身体の力が抜けた。包丁が手か滑り落ち、金属音を立てた。
僕は本当に自由になれたのかな。
静かで平和な生活を送っていたのに、それが突然、理不尽な暴力に曝されて。僕は銃を拾ったことをチャンスだと思った。上田たちがいなくなれば、平和な日々が戻って来る。そして今度こそ、それがずっと続くと思っていた。
復讐を終えた今、冷静になってみると、それもただの願望だったんだと分かった。こんなことをやらかせば僕は普通には生きていけないだろう。たとえ、上田たちがいなくなって、これから先、上田たちのようにいじめをしてくる奴らが現れないとも限らないんだ。
僕は、戦わなきゃいけなかったんだ。上田たちと、いじめと。それが無理なら、徹底的に逃げ回る。上田たちから、いじめから。どちらにしろ僕は、選択を間違えてしまったんだ。
僕が本当に撃つべきだったのは上田たちじゃなく僕自身だった。あの時に気づけていたら。
そうだ。今からでも遅くない。まだ、自由は手に入るはず。そう思って僕は、屋上全体を囲んでいるフェンスを乗り越えた。そして、自由への一歩を踏み出した。





この物語はフィクションです。