ショートショートの披露場

短い小説を書いています

嫌われた男

えっ、先輩、禁煙始めたんですか?珍しいこともあるもんですね。雪でも降るのかなあ。痛っ、冗談ですよ、先輩。真に受けないでくださいよ。
じゃあ食後の一服はあそこの自販機でコーヒーでも買いますか。ほら、ちょうど近くにベンチもありますし、これだけ天気が良かったら外にいた方が返って休まりますよ。
先輩は何にしたんですか?レインボーか。美味しいですよね、それ。じゃあ俺もそれにしようっと。
あれ?確かにレインボーのボタン押したのになあ。今月2回目か。はあ、ブラックは苦手なんだよなあ。
えっ、悪いですよ、そんな。先輩もそんなにブラックは飲まないじゃないですか。……そうですか。じゃあここは甘えさせてもらいます、微糖だけに。……上手くないですね、すみません。
うーん、やっぱり俺って嫌われてるのかなあ、神様に。あ、いや、別に神の存在とか本気で信じてるわけじゃないんですよ?野球の神様とか笑いの神様とか、そんな迷信やジンクスの類の神様のことです。俺の場合は……何の神様だろう。生活の神様、とかかな。
思い返してみると、あの頃から徐々に嫌われ始めた気がするんですよ、神様に。
中学3年の時、他のクラスの子を好きになったんです。一目惚れってやつです。もの凄く可愛かったんですから。先輩も当時見てたら絶対可愛いって言ってましたよ。
平川茜っていう子だったんですけどね、垂れ目で黒目も大きくて、笑った時にちらっと見える八重歯が本当にキュートだったなぁ。
その子、吹奏楽部でフルートを担当してたみたいなんです。あんな可愛い子がフルートだなんて、
「鬼に金棒だろ。反則」
って周りの友達に訴えたんですけど、
「そこまでじゃないっしょ。あのレベルならよくいるって」
どうにも取り合ってもらえませんでした。俺の感覚が変だったのかなって一人で悩んでました。それでも、やっぱり俺には平川さんが他の子よりも断然可愛く見えたんですよねぇ。
ある日、それが確信に変わった時があって、とうとう告白しちゃったんですよ。自分から告白するなんて初めてで、マジで心臓がいつ飛び出してもおかしくないくらいバックバクでした。結局飛び出さなかったおかげで、今生きていられてるんですけどね、アハハ。
放課後、各部活がいつものように練習していたんです。俺はサッカー部でいつも通りグラウンドで練習していて、ふとその日出された課題のプリントを机に入れっぱなしだったのを思い出したんです。それで休憩中に教室に取りに行ったら、そこに平川さんと他の吹奏楽部員が二人もいて、フルートの練習をしてたんですよ。俺、ビックリしちゃって、
「何でここに……」
って声に出ちゃったんですよ。そしたら平川さんじゃない吹奏楽部員の一人が、
「いつもは第一理科室で練習してるんだけど、なんかエアコンが故障したらしくて、修理してるんだって。だから今日だけ違う教室でって先生に言われたの。何か用?」
正直、理由なんか説明されたって全然耳に入ってきませんでした。もう教室のドアを開けた瞬間、魔法にかけられたみたいに呆然としちゃって。
ドアを開けて真っ先に目に飛び込んできたのが、フルートを奏でる平川さんだったんです。笑顔も素敵でしたけど、フルートを演奏してる時の平川さんは次元の違う可愛さでしたよ、本当に。同じ人間とは思えないほど魅力的でした。
その時ですよ。ああ、やっぱり俺、平川さんが好きだって確信したの。それで告白するって決めたんです。
でも、その場では告れませんでした。他の人がいて、ビビっちゃって。とりあえず、平川さんに聞きたいことがあるって言って、二人きりになる時間を作ってもらって、プリントを持って教室を出ました。
後日、人気のない所に来てもらって、いよいよだって思って腹を括ったんです。
「この間、聞きたいことがあるって言ってましたけど、何を聞きたいんですか?」
「えっ、ああ、その……か、彼氏とかいるんですか?」
「えっ、かっ彼氏なんていませんよっ」
「本当ですか!?あの、だったら……」
「……何ですか?」
「俺、平川さんが好きです!付き合ってください!」
「ええっ!本当に……?」
「嘘じゃありません!俺、本当に平川さんが好きなんです!」
「嬉しい……ありがとうございます」
「えっ、ってことは……」
「はい。よろしくお願いします」
「やったー!」
「あの、ちなみに、私のどこを、好きになったか訊いてもいいですか?」
「顔です!もっと言うと目、かな。小動物みたいな可愛らしさがあって、もの凄くタイプなんです」
「え……」
彼女、それから泣きながら帰っちゃったんですよ。さようならって言い残して。見事に嫌われちゃいました。
やっぱりこの頃からだよなぁ。天に見放されたと言うか、神様に嫌われ始めたのって。そういう現象が起こる時ってあまり頻繁でもなくて……あ、でも、勝負事の時には結構起こるかも。期末テストなんかで選択問題ってありますよね。どうしても解らなくて最後まで取っておいて、残り時間が1分切ったら、鉛筆を転がすようにしてたんですけど、ほとんど不正解。直感で答えた方が当たってる気がするんですよ。
部活でもそういうことってありましたもん。さっきも言いましたけど、俺元サッカー部で、スタメンじゃない時期もありましたけど、試合にはほとんど出場してたんです。点取り屋だったんですけど、重要な場面になるとシュートが入らないことが多くて。ポストに嫌われる、って言葉聞いたことありません?ここぞって時にシュートを打つと、高確率でポストに当たってゴールの外に弾き出されちゃうんです。だから俺、PKって蹴らせてもらったことないんですよ。今でも月一でフットサルやってるんですけど、時々あるんですよ、ポストに嫌われることって。
あと、これは先輩も覚えてますよね?去年、取り引き先との重要な会議で俺が少し遅刻しちゃった日。あの日、これに乗れたら間に合うって電車に目の前で発車されちゃって。次の電車が意外と早く来たんで、あの程度の遅刻で済みましたけど。ホント、その節はご迷惑をおかけしました。
そういえば、先月、中学の同窓会に行ったんですよ。平川さんも来てたんですけど、俺の目に狂いはなかったって嬉しくなっちゃいました。とんでもない美人になってたんですよ、これが。当時の可愛らしい印象からがらりと変わって、奥ゆかしい大人の女性って感じでしたね。あの変貌っぷりには、友達も驚いてました。
「認めるよ。俺たちが間違ってた」
先輩も、一目見たら石化するくらいの美しさに絶句しますよ。
女性って、よく花に例えられますよね。そういう言葉もありますし。花盛りとか、解語の花とか、羞月閉花とか、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とか。でも、大人になった平川さんの魅力は、花なんかとっくに超越してたんです。それはもう例えようもないほど綺麗でした。
えっ、ダイヤモンド?なるほど、宝石か。うーん、平川さんの方が輝いてましたね。
平川さんとはフラれた時以来全く顔も合わせてなくて、久々の再会でした。ちょっと気まずくて、自分から声をかけることはできなかったんですけど、当時の平川さんのクラスメイトに知り合いがいたので、そいつ経由で平川さんと話すことができたんです。
落ち着いた雰囲気も変わってなくて、あんなに素晴らしい女性がいるのに、周りの男共は何やってんでしょうね。平川さんが眩しすぎて、直視できないのかもしれませんね。
そうなんですよ。彼女まだ独身で、今は彼氏もいないらしいんです。それ聞いて俺、内心ガッツポーズしちゃいました。中学の時のリベンジしようと思って、デート、とまでは言いませんけど、一緒にサッカーの試合を観に行かない?って誘おうとしたんです。そしたら、そこにちょうどさっき話したクラスメイトの子供が走ってきたんです。
「ママー、ジュース飲み……あれ?あ、ママ、この人タバコのにおいがする。くさいねー」
衝撃的なこと言って、その子、俺の方を指差すんです。何も言えませんでしたよ。突然すぎて。あの時だけは喫煙者であることを後悔しました。結局、その子がクラスメイトと平川さんを連れてっちゃったので誘えませんでした。
今考えてみると、平川さんは勝利の女神様だったんじゃないかって思えるんですよね。女神の名に恥じないほどの美貌ですし。あの日、平川さんを傷つけてなかったら、もう少しだけ俺の人生もマシだったのかなぁ。
あっ、そろそろ昼休み終わっちゃいますよ。戻りましょうか。ん?うわっ、雨だ。先輩、傘持ってます?





この物語はフィクションです。