ショートショートの披露場

短い小説を書いています

みんなのサンタ

12月20日金曜日。雪こそ降らないものの、肌を突き刺すような寒さが続いている。天気予報によると、来週はいよいよ雪が降るようだ。人々は今年はホワイトクリスマスになるぞと喜びを表にする。キリストの誕生を祝う祭りを前に、待中が賑やかになる、そんな日の出来事。
泉は、今や全国に200店舗も構えるデパート、アールマートの販売員。ケアレスミスが多く、仕事が長続きしなかったが、ようやくアールマートの制服が板に付いてきた。今日も与えられた仕事を粛々と熟していく。
「777円のお返しです。ありがとうございました」
この売り場に配属されて間もない頃は、レジの操作方法が分からずによく混乱していたが、今ではお手の物。先輩に泣きつくこともなくなった。
「泉ちゃん、レジ打ちもだいぶ様になったわね」
「先輩のご指導のおかげです。今では目を目瞑ってもできますよ」
「目は瞑らなくていいから。慣れてきた頃が一番危ないのよ」
「はい……」
成功が続くと、人間誰しも油断してすぐに調子に乗る。先輩はそれを十分に理解しているからこそ、可愛い後輩のために心を鬼にして叱るのだ。先輩は過去にその油断から来るミスによって、店側にも客側にも大きな損害を与えていた。連日、客からの苦情への対応に追われたり、同じフロアで働く従業員から白い目で見られたりした。プレッシャーに押し潰されそうになる毎日を何とか乗り越えられたのは、当時同じ売り場で働いていた現フロア長の援護のおかげであった。
時刻は午後5時を15分ほど回ろうとする頃。このデパートの地下1階にある食料品売り場はとても充実しているため、各階でショッピングを楽しんだ後、夕飯の買い物をしていく人が多くいる。この日もタイムセールが始まる前に食料品売り場へ行こうと、今している買い物の会計をしようと、各売り場のレジには客の列ができていた。
泉は幾度となくこのタイムセール前の行列を経験してきているので、例によって焦らず、且つスムーズに客を捌いていく。その接客中に泉はきょろきょろと周りを見ながら歩いている一人の男の子を発見した。
「迷子……かな」
今すぐ声をかけなきゃ、とは思いつつも、目の前の客を捌くのが先決。泉はレジ打ちのスピードを上げ、その上で丁寧さを欠かさないように努めた。客を捌き終え、先輩に迷子かもしれない男の子がいたことを伝える。
「気付かなかったわ。ちょっとその子を探してきてくれる?」
先輩から持ち場を離れる許可をもらった泉は、男の子が歩いていった方へ顔を向けると、その男の子がこちらへ向かって辺りを見渡しながら歩いてきている。2人は男の子に駆け寄り、迷子かと尋ねると、黙って頷いた。先輩が「名前は?」と訊くと、男の子は今にも泣き出しそうな顔で声を震わせながらこう答える。
「こばやしけんたです」
先輩はケンタを泉に任せ、急いで迷子センターへアナウンスの要請に向かう。
泉はケンタを安心させようと、ジュースを買ってきたり、休憩スペースでお話しをしようとケンタに伝える。そこにはテーブルやベンチが数脚、自販機や近くの小学校の児童の絵画が展示されている。
「迷子のお知らせです。只今、婦人服売り場にてコバヤシケンタ君をお預かりしています。お連れ様は至急婦人服売り場までお越しください。繰り返します。迷子の〜」
先輩が迷子センターへ向かってからこの店内放送が流れるまで、そう長い時間はかからなかったが、ケンタは泉と一緒にいるうちに、少しずつ落ち着きを取り戻し、さっきまで目をうるうるさせていたのが嘘のように、笑顔をこぼしながら親が来るのを今か今かと待ちわびている。泉はケンタにもう少しで迎えが来る旨を伝え、先の店内放送によって途絶えたとりとめのない話の続きをすることにした。ケンタは、最初こそ訊かれたことに「うん」と肯定するか「ううん」と否定するか単語一つで返答していたが、徐々に口数が増えてきた。そしてクリスマスが近いだけに、話題はサンタへ。
「ケンタ君は今年はサンタさんに何をお願いするの?」
「サンタなんかいないよ。おとうさんとおかあさんがオモチャやで買ったものをまくらもとにおいてるだけだよ」
ケンタは、それまで見せていた明るい笑顔を一変させ、とても暗い、まるで大切な人を殺されたような表情を浮かばせた。泉は一瞬焦り、マズいことを訊いたと後悔した。しかし、子供を悲しませてしまった罪悪感よりも、サンタを信じない理由が知りたいという好奇心が勝ってしまい、泉はつい、その理由を問い質してしまう。
「どうしてサンタさんを信じないの?」
「アキラ君がサンタなんかいないって。アキラ君はぼくがサンタはいるっていうと、指を差して笑うんだ」
「アキラ君って誰?そんな酷いことをする子がいるの?」
「3組の子。よくわるいことをして先生におこられるんだって」
「そうなんだ」
「アキラ君のともだちもみんな信じてないっていってたから。やっぱりサンタなんかいないんだよ」
「そんなことない。サンタさんはいるよ」
「そんなのウソだよ……。だってアキラ君の家にはサンタはこないって……」
「ケンタ君、それはね、アキラ君が悪いことをしているからだよ」
「え?どういうこと?」
「サンタさんはね、お利口さんのところにしかプレゼントを届けに来ないの」
「おりこうさん?」
「良い子にしている人のこと。アキラ君はよく怒られるんだよね?」
「うん」
「プレゼントは良い子や頑張っている子にしか配られないの」
「サンタさんは、だれがいい子で、だれがわるい子かわかるの?」
「分かるよ」
「どうして分かるの?」
「サンタさんはいつも子供たちのことを見てるの。子供たちに見つからないようにね」
「そうなんだ」
「だからサンタさんを信じて、いつも良い子でいるように頑張ってね。そしたらサンタさんが、きっとプレゼントを届けに来てくれるから」
ケンタは戸惑いながらも自分の中でゆっくり考え、整理し、完全に納得した答えを出して首を大きく縦に振る。その時にこぼれたケンタのあどけない笑顔に釣られて、泉もそっと微笑む。するとそこに、「健太!」と大声を上げながら一人の女性が走ってくる。健太がその女性に対し「ママ!」と叫び返したのを見ると、どうやらこの人が健太の母親のようだ。
健太とその母親が並んで泉に深く頭を下げた。そして、二人が手を繋いで歩いていくのを見送った泉。健太との会話で、子供の頃の純粋な気持ちを思い出した泉は、何年か振りにクリスマスプレゼントをサンタにお願いした。





この物語はフィクションです。